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2009年6月 3日 (水)

コミック「プラモ狂四郎②」

■「映像化してほしいガンダム作品は?」と言う投票を貼り付けています。かなりの方の清き一票を入れていただき凄く嬉しく思います。中間結果は今のところは投票してくれた方だけの特権と言う事で(笑)次の記事で締め切ろうと思います。次のお題も決まり(今回より投票数が減りそうな内容ですが・・・)皆様と投票を見ながら「なるほど~」とか「私ならこっちだなあ」思ったりするのが凄く楽しいです(^^)
(投票は終了しました)

■数々のライバルが登場の2巻!

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 個人的に好きな「プラモ狂四郎」の2巻。表紙の通り私が所有するコミックは全て当時物で初回本だったりします(チョッと自慢)

 2巻の魅力は無敵を誇る狂四郎に新たな宿敵がゾクゾク登場するところと初めての敗北を経験するところでしょうね。

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 天満太郎の「足つきジオング」!

 狂四郎の評判を聞きつけ対戦を望んできた忍びの者の血を引く天満家の三男の天満太郎。四郎の1/100リアルタイプガンダムを相手に1/100ドムの脚を移植した1/144ジオング!

 四郎のガンダムは1/100の弱点である腰部をパテで改修してありそれを知って集中的に狙う太郎。なんと彼は前日に四郎の家の部屋の屋根裏に忍び込んで弱点を知っていたのだ!(笑)間違いなく犯罪だろ!

 ジオングの金属製のアンテナに四郎のガンダムの胴体が崩れた時、胴体の内部から1/550ガンダムが登場!ジオングのコクピットを一突きして勝利します。

 当時はコレを読んだ時に「足つきジオング作りて~」とか思ったものです。このジオングやサッキー竹田のジオングの影響で数年後にMSVで1/250スケールで発売されると言う当時としては珍しいコミック発の商品化だったりします(発売までたどり着いたのはプラモ狂四郎の影響が大きいと思いますが、発祥は違うかもしれません)

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 後に協力し合う天満兄弟。初登場の時は彼らの持ち込んだ「地獄のディオラマ」を舞台に戦う事になる。

 五郎太のザクキャノンはここで初登場。この地点ではMSVのキットは発売されていないので1/144量産型ザクを1ヶ月かけて改造した物で挑んでいる。

 対山根アキラ戦以来の四郎と健のお馴染みコンビは地獄のディオラマに翻弄されながら辛くも勝利する。

 ザクキャノンや、ザクデザートタイプ、ミサイルポッド搭載のアッグなど商品化されていない物で対戦を挑んできたこの回は当時の自分には凄くワクワクさせられたのを覚えています。

 

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 出ました!プラモ狂四郎屈指の名シーン!

 初のスケールモデラーの影山陽との対戦の1ページ。クラフトマンでマゼラアタックとクラブガンナーを眺めて「クラブガンナーも良いけど、戦車はやっぱりキャタピラの方が良いや」と四郎。それを「冗談言っちゃあ困るぜ、そんな物は戦車じゃない」と喧嘩を仕掛ける影山。結局四郎と健の二人と影山の対戦が始まるのだが・・・

 影山はかなりの実力を持ったモデラーでモーターライズされた(シミュレーション内ではモーターライズされたキットは出力が3倍に跳ね上がる)1/35タイガーⅠ戦車を自在に操り健のクラブガンナーを撃破する。

 四郎もマゼラ・ベースを破壊されるがマゼラ・トップで脱出!アニメモデルを知らない影山は空を飛ぶ砲塔に驚きつつも撃破される。

 共にかろうじて脱出した四郎と健はマゼラトップの砲を取り外し手動でタイガーの接着が甘い部分に狙いを付けて撃破する・・・・・のだが。

 ボロボロになったマゼラアタックとクラブガンナーをマスターに見せられ「これで勝ったと言えるのか」と言われ初めて敗北を喫してしまう。

 でも・・・マスターも意地悪ですよね?だったらマゼラトップが撃破された地点でシミュレーションを終了すれば良いのに(^^;

 やっぱり「アニメモデルだって立派なプラモデルだ!」は名言ですね!以前入会していた飛行機主体のサークルで「普段はなに作っているの?」と言われ「ガンプラ」と答えたら一気に興味を無くし軽視するような印象で見られ二年で脱退したのを思い出します。なのでサークルにいたときは飛行機をクソ真面目に作って「アニメモデラーだってコレ位できますけど?」と意地になって作っていたのを思い出します。スケールだろうがアニメだろうが「プラモデル」には違いはないと思います。

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 山根アキラとの2度目の対決!F-14対F-15!

 太陽模型店の「プラモ帝国エンペラー」との共同合宿でのシミュレーション。マスターに基礎をもう一度叩き込めと言われスケールモデルを製作する事に。当時最強と言われたF-15イーグル戦闘機に興味を持った四郎は今まで以上に集中して製作を始める。

 3回戦に分かれた対戦はキー坊、健は破れ大将同士の対戦で偶然出た「木の葉落とし」により勝利するが、偶然落ちてきた大岩に潰されるF-15のキット!(笑)

 最終決戦を控え手持ちのキットが無くなった四郎はポケットから1/100コアファイターで戦いを望むが条件を出され3体1で戦うハメに、次の日の対戦までに対策を講じないといけないのだが・・・・

 と言ったとこまでが大まかな流れですね。懐かしいと思う方も多いでしょうね。30歳~40歳あたりは特に馴染みの深いものでしょうから(^^

 当時のガンプラブームが衰退しなかったのはプラモ狂四郎の影響も多少なりとも(結構?)あったのは事実で様々なモビルスーツが後に商品化されていくのです。

 おそらく1年ぶりくらいに狂四郎の記事を記載しましたが様子を見て3巻の記事を更新できたら良いなあと思っています。まとまりの無い文面で申し訳ないです。

一応アマゾンのリンクを貼りましたが愛蔵版か文庫本なのでご注意を。

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コメント

こんにちは。

自分は変な子で、ガンプラが好きだからマクロスを好きになっちゃいけないって思い込んだり、狂四郎が好きなら、プラレス3四郎を好きになっちゃダメだ!って^^;

狂四郎は大好きでしたねー、パーフェクトガンダムが登場したときは、そのかっこよさに手が震えたのを覚えています
(ボンボンでリアルタイムに体験)。

その後、MSVのキット出現までにコミック巻末(5巻でしたっけ?)のオズアートワーク製(うろおぼえ)のパーフェクトガンダムの作り方をみて、自分なりに5回はリトライしましたねー。(結局子供の工作レベルの域をでなかったけど)

その後主人公メカが増加装甲を着けてパワーアップするって
アイデアのものが大好きになりました^^;

余談ですが、小学校の七夕イベントで自分の夢「ガンダムより強いザクを作る」に対して友達の「ザクの工場の社長になる」にショックと敗北感に打ちのめされた記憶があります。


投稿: チャプレン | 2009年6月 3日 (水) 19:11

ページ外周部の焼け具合が素敵です。
もちろん皮肉ではなく。

私は愛憎版だろうが何版だろうがこだわりはありませんが、文庫版だけはちょっと困ります。
コミックス化の段階で元々の雑誌掲載時より縮小されるのに、更にちっさくしてどうすんだと。
この作品じゃありませんけど、ルーペで拡大しないと読めない字があったなんてことも過去にはありました。
何より画の広がり、コマとコマの間の感じ方なんかが変わってしまうのであまり好きではありません。
収納しておく分には都合いいんですけどね。小さくて。

投稿: 伊勢守 | 2009年6月 3日 (水) 20:44

プラモ狂四郎は、子供の頃はバイブルのようなものでした!
毎月ボンボンの発売を楽しみにしていたことを思い出します。
一番印象に残っているのは、ジェットモグラとベタですがパガンですかね~
確か終わりかけの頃は、あまり読まなくなって記憶が曖昧ですが、真鍮製のガンダムとか登場してませんでしたっけ?

投稿: シン・マツ | 2009年6月 4日 (木) 10:31

この作品には名エピソード、名セリフがたくさんありますが景山のスケールモデルとの戦いもそのひとつですね!自分の中で戦車といえばタイガーⅠ型と印象づけられたのもこの一篇でした。
3巻の記事も期待してます!

…そういえば1,2巻て同時発売されませんでした?!

投稿: SYON | 2009年6月 5日 (金) 06:54

>チャプレン様

 私の場合は作品を見ていなくてもキットはいろいろなジャンルに手を出していましたね~、マクロスは特にそうだったかも(^^)

 パーフェクトガンダムの製作記ありましたね!当時ではかなり難しく、私は眺めているだけだったのを思い出します。巻末の製作ガイドはサッキー竹田との対決が描かれていた4巻の巻末に掲載されていますね~。

 我ら30代はいろいろな意味でプラモ狂四郎に影響された世代ですよね(^^)v

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 5日 (金) 15:20

>伊勢守様

 この色こそが歴史の長さを物語ってますよね(笑)未だにページが取れる事無く現役です(^^;

 文庫版は収納には便利な反面、読みづらいですよね~、私も途中で目が疲れちゃいまして・・・。

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 5日 (金) 15:22

>シン・マツ様

 確かにバイブルでしたよね!私も子供の頃旧ザクの股関節を移植したりしていました(^^;

 私もジェットモグラが凄く好きですね!狂四郎デカールをペタリと貼り付けたいですものね!終盤にはゴステロ相手に再び使っていましたっけね。

 終盤はホビートピアはもう限界を感じましたよね、関ケ原ウォーズまでは良かったのですが・・・。

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 5日 (金) 15:25

>SYON様

 景山イコールタイガー1の印象がありますよね!タミヤのMMのタイガーを見ると未だにこの印象があったりです(^^;

 3巻の記事も勿論やりますよ~!文面が下手で申し訳ないですが・・・。

 コミックの1巻の初版は57年8月20日で2巻が57年10月20日と記載してあったので、わずか2ヶ月の誤差と言う事もあるので同時に発売されたと思っちゃいますよね~、私も言われてみれば同時だったかな?と思いましたから(^^)

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 5日 (金) 15:29

プラモ狂四郎はバイブルでしたね~。
当時はボンボンを毎号購入してたのでコミックは買わなかったんですよね~。もったいないことしたなぁ。
ても友人が全巻所有してるのでいつでも読めるのですがw

>Pジオング
確か発祥はなにかのプラコンだったような・・・(その時は1/00のドムのまんまでしたが)うろ覚えなんですが・・・

>5・31の名無し
すいません(汗
私です、ごめんなさい。

投稿: ZIG・ZAG | 2009年6月 6日 (土) 06:46

連投します。スミマセン…私もその後気になってコミックの発行日を調べたら違ったみたいですね。ナゼかそういう記憶があったもんですから。

ジェットモグラの話題に便乗ですが、未だにキットを見かけると目が行くのは明らかにプラモ狂四郎の影響ですね~。

投稿: SYON | 2009年6月 6日 (土) 07:01

>ZIG・ZAG様

 私も当時の単行本の価格は370円と小学生の私には高価でしたのでかなり無理して買った記憶がありますね~、300円のガンプラ1個買うより高いくらいですからね(泣)

 Pジオングってそうなんですか!?・・知らなかった(汗)昭和57年の作品で一般の作品が発祥とは意外でした。これで私もまた一つ賢くなりました( ̄▽ ̄)
 Pジオングの名前だけは狂四郎発祥と言う事ですね(笑)記事も多少書き直さないと(;´Д`)

 31日の名無しさんはZIGさんでしたか~(笑)了解です(*^-^*)

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 6日 (土) 09:21

>SYON様

 どもども~、30年近い前の作品ですから記憶違いがあっても無理ないですよ~、私もそうかなと思った位です。ドンマイです!(^^)v

 ジェットモグラは良いですよね~、私もサンダーバードのメカって全然知らないのですが狂四郎の影響でジェットモグラの知名度って飛躍的に上がっている印象がありますよね(^^

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 6日 (土) 09:26

僕はなぜかドンピシャ世代なのに、「プラモ狂四郎」まったく読んでなかったんですよね~。
いや、漫画を読むようになったのが、小5から少しずつ・・って感じだったから。

でも、プラモ狂四郎や、プラレス三四郎には憧れましたね~☆
自分の作ったプラモが動いたりしたら・・って夢見て完成したプラモを枕元に置いてねたり(笑)

なんか、古きよき時代を思い出しました~~♪

ちなみに、今、うちの子が僕のHG在庫品からケルディムガンダム、ジンクスⅢ(共にOO)を作ってます。
僕が作りたかったのにな~~(泣笑)

投稿: オーバードライブ | 2009年6月 6日 (土) 22:41

PガンダムとPジオングは板野一郎デザインが原型でしたね。
めぐりあい宇宙の時にほぼ完成したデザインで落書きされたものが流れたとか・・・
1/100ドムの足を流用するのは当時定番となっていたような・・・

当時の私も読んでいた覚えはあるものの、
ヤマトや艦艇模型が主流だったので注目はしていなかったですねぇ・・・

でもジムやザクが複数あった・・・・

投稿: KAIEI | 2009年6月 6日 (土) 23:56

>オーバードライブ様

 ドライブさんは子供の頃は外で遊ぶ健康児だったんですよね~、私の場合は当時もインドア派でしたので漫画を読む機会が多かったのかもしれませんね(^^)

 子供の頃は自分の作ったプラモが動いたらなあなんて思ったものですよね、今でも製作しているガンプラは布団の中で妄想を抱いていたりです(笑)

 ダブルオーのキットは作った事が無いですね~とはいえ、写真等で見る限り出来は良いんだろうなあと思えるのは流石にバンダイ製と感心してしまいます(^^)v


  

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 7日 (日) 00:42

>KAIEI様

 そうそう!パーフェクトガンダムは板野氏の落書きが始まりだったんですよね!当時は恥ずかしくて机の奥にしまっていた物なんて話がありましたよね、それをたたき台にしてやまと虹一氏がデザインの調整をしたなんて話で商品化のときに板野氏がPジオングのデザインを起こしたなんていいますよね~・・・この話は4巻の記事のときに書こうと思ったのですが先を越されちゃいました(笑)流石ですね!

 KAIEIさんは子供の頃から艦艇が好きだったのですね~、何となく分かる気がします(^^)v

投稿: 三十路工廠 | 2009年6月 7日 (日) 00:43

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